特許 令和6年(行ケ)第10019号「ポリエステル樹脂組成物の積層体」(知的財産高等裁判所 令和6年12月25日)
【事件概要】
訂正を認めず特許を取り消した第1次取消決定が前訴判決により取り消された後、新たに引用文献7を主引用例とする進歩性欠如を加えた内容の取消理由の通知(第2次決定予告)をし、その第2次決定予告で通知した理由により特許を取り消した特許異議の決定が、維持された事例。
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【争点】
前訴判決後に、全く新たな取消理由として引用文献7に基づく進歩性欠如を指摘してなされた取消理由の通知(第2次決定予告)は、審判官としての裁量を著しく逸脱しているか。
【結論】
1 第2次決定予告は、前訴件判決により差し戻された異議手続において、前件訂正(第1次取消決定が違法と判断したが、前訴判決によりその判断が誤っているとされた訂正)により増項された請求項15~22を含む同訂正後の発明に対してされたものであり、当該発明について、新たな取消理由が生じていないかを確認するために職権審理を行うことは、瑕疵のある状態で特許が維持されることを防ぐ意味で権利の早期安定化に資することであり、その結果、新たな取消理由(引用文献7を主引用例とする取消理由2)が加えられたとしても、特許法120条の2に規定される審判官の裁量の範囲内である。
2 原告は、引用文献7を主引用例とする進歩性欠如の取消理由(取消理由2)に対しては、2回の意見書、訂正請求書提出の機会が与えられておらず、これは、特許庁が公表している「特許異議の申立てのフロー図(詳細版)」に示されている確立した実務と異なる取扱いであり、意見書、訂正請求書提出の貴重な機会のうち1回分が不当に剥奪された旨主張する。この主張の法的な意味について、まず特許法120条の5第1項違反をいう趣旨だとすれば、同項は「2回の意見書、訂正請求書提出の機会」を保障するものでないから、失当である。また、原告の主張中には、行政手続法12条1項、2項違反をいう部分もあるが、同条を含む行政手続法第2章の規定は、特許法195条の3により、特許法に基づく処分への適用が除外されているから、やはり失当である。
3 もっとも、仮に、原告が主張するように、公表された手続に沿った「確立した実務」に反する取扱いが行われたとすれば、いわゆる平等原則違反の問題を生ずる可能性は否定できないので、以下、この観点から検討する。特許庁の審判便覧67-05.5P「取消理由通知(決定の予告)」(甲37)には、「無効審判においては、特許庁と裁判所の間の『キャッチボール現象』・・・を防止するため、平成23年改正により、『審決の予告』を行って訂正の機会を与えると共に、審決取消訴訟係属中の訂正審判の請求を禁止した。特許異議の申立てにおいても、取消決定訴訟係属中の訂正審判の請求は禁止されている(特§126②)ため、取消理由の通知後に、再び特許を取り消すべき旨の判断となったときは、取消理由通知(決定の予告)を特許権者に送付することで、再度訂正の機会を与えることとする。こうすることにより、1回目の取消理由通知と、取消理由通知(決定の予告)とでそれぞれ1回の訂正の機会が与えられ、審判合議体の判断を踏まえた訂正の機会を二度与えられることが担保されることとなる。」との説明があり、これに沿った「特許異議の申立てのフロー図(詳細版)」(甲22)が特許庁によって公表されている。しかし、本件の特許異議申立ての手続を通じて、原告に対しては、最初の取消理由通知、第1次決定予告、第2次決定予告の3回の取消理由通知がされ、原告は、2回にわたって訂正請求の権利を現実に行使している。本件の取扱いが審判便覧及びフロー図で説明されている取扱いに反するものとはいえない。
4 この点、個別の取消理由に着目した場合、引用文献4を主引用例とする進歩性欠如の取消理由(取消理由1)は、第1次決定予告及び第2次決定予告の2回にわたって取消理由通知がされている一方、引用文献7を主引用例とする進歩性欠如の取消理由(取消理由2)は、第2次決定予告の段階で新たに職権によって取り上げられた取消理由であり、取消理由通知が1回しか行われていていないことは、原告の主張するとおりである。しかし、上記審判便覧及びフロー図には、そのような個別の取消理由に着目した説明があるわけではない上、特許法120条の5第1項がそもそも2回の取消理由通知(最初の取消理由通知と決定予告の取消理由通知)を要求するものでないことは前述のとおりであって、このことも踏まえて検討すると、上記審判便覧の記載及びフロー図の理解として、特許異議申立ての手続の過程で新たな取消理由(主引用例)が取り上げられた場合にも、各取消理由ごとに必ず2回の取消理由通知を行うという趣旨まで含むものと解することはできない。特許異議申立事件の典型的な進行である、異議申立人の提出した引用文献に基づいて最終的な進歩性の判断が行われる場合であれば、同じ取消理由について、最初の取消理由通知と決定予告の取消理由通知の2回の取消理由通知が行われることになると解され(上記審判便覧及びフロー図は、そのような場合を想定したものと理解できる。)、その限度で、実務運用が確立しているとしても、本件のような場合にまで、原告の主張に係る「確立した実務」が存在すると認めるに足りる証拠はない。この点に関する原告の主張は理由がない。
【コメント】
本判決により、①特許異議申立ての手続においては、訂正により新たな取消理由が生じていないかを確認するために職権審理が行われるのは妥当であること、及び②特許異議申立事件の典型的な進行である、異議申立人の提出した引用文献に基づいて最終的な進歩性の判断が行われる場合であれば、同じ取消理由について、最初の取消理由通知と決定予告の取消理由通知の2回の取消理由通知が行われなければならないものの、特許異議申立ての手続の過程で新たな取消理由(主引用例)が取り上げられたような場合には、必ずしも2回の取消理由通知が行われなければならないものではないこと、が明らかになったと思われる。今後特許異議申立ての手続に関与する際の参考としたい。